「たっだいまぁ~……と……」
午前一時。
小さな声で帰宅の言葉を囁いたザックスは、極力音に気をつけてドアを閉めた。
恐らく、たった一人の同居人で、最近想い叶って漸く念願の『恋人』の座に居座る事を許してくれた愛しい少年―――クラウドは、もう床に着いている時間だろう。
ザックスはリビングのソファーに上着と荷物を放ると、その向かいのソファーに身を沈めた。
ソルジャーに為に配給されるこの部屋に帰って来るのは、一体何週間振りだろう。
静かで無機質なこの部屋は、独りで暮らしていた時と何も変わらない筈なのに、今は敷居を跨ぐだけでホッとしている自分がいる。
クラウドがいる―――ただそれだけで。
相当毒されてんなぁー…とぼやきながらも、顔は無意識に綻んでしまう。
そんな自分に苦笑しながら、寝る前に一度だけ、久しぶりに可愛い恋人の寝顔を見ておこうと、クラウド部屋のドアノブにそっと手をかけた。
足音を忍ばせてベッドに近づくと、そこには頭まで毛布を被った芋虫眠り姫がいて。
それを見て再び苦笑したザックスは、ゆっくりとその毛布を剥いだ。
そこに現れたのは、息を呑むほど綺麗で無垢な寝顔。
反則的に可愛い。
「………ホントに、眠り姫顔負けだよ」
「…ぅ……ん…」
ザックスに背を向けた体勢で寝ているクラウドの頬をサラリと撫でると、くすぐったかったのか、クラウドは仰向けに寝返りを打つ。
起きたか?と思って顔を覗き込むと、また規則的な寝息が聞こえてきたので、ザックスは笑みを一つ残すと自分の部屋へ行こうと背を向けた。
その時。
「………ザ…クス……」
.
驚いて振り向くと、心なしか微笑んでいる様な顔をして、やはり眠っている。
ザックスはその場にズルズルと座り込むと、深い深い溜息を零した。
「………だから、反則的過ぎるってば………」
襲われたいのかぁ?と頭を掻く自分の顔が、柄にも無く赤くなっているのが自分でも分かる。
そんなザックスをよそに、クラウドはスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていて。
それが少し癪に障ったザックスは、クラウドの頬に手を添えると、自分の方をむかせた。
すると、今度は添えられたザックスの手に甘える様に頬を擦り付けてくる。
更に、あからさまに無邪気な笑顔を浮かべるおまけ付き。
そんなものを見せられたザックスは、始めこそちょっとした悪戯心だった行動の端々に、いつの間にか本気が混ざってきて。
「…そーゆーコトすると、おにーサンは都合の良い解釈すんぞ」
ザックスは低く掠れた声でそう囁くと、魅惑の唇にそっと自身のを近づける。
キスまであと数センチ―――
「………ばぁか…だから食い過ぎんなっていっただろ……」
―――あと何ミリもないところで、クラウドが零した言葉はそれだった…
ザックスが固まっていると、可愛い口から「腹痛なんかで寝込んでないでさっさと猪でも捕ってこい…山猿ー……」などなど、むにゃむにゃと言っている。
全くもって、色気の欠片も無い寝言である。
がっくりと肩を落としたザックスは、何故猪っ!!?という突っ込み以前に、日頃のクラウドが自分の事をどう見ているのかが分かってかなりのダメージを受けていた。
「…つーか『山猿』って……セフィロスの野郎~クラウドに変な単語植えつけやがって、あのおっさん…っ!!」
事ある毎に自分の事を(嘲笑交じりに)そう呼ぶセフィロスは、クラウドをとても可愛がっている。
ザックスがクラウドを本気で想う様になってからは、ここぞとばかりに邪魔ばかりしてくる様になってきた、現在ザックスにとって最も要注意人物である。
元々、英雄セフィロスに憧れて入隊してきたクラウドは、初めこそ敬意で固まっていたが、慣れてきた最近は自然な形でとてもよくなついている。
それが原因でザックスは度々拗ねるのだが、そうなると、クラウドは散々呆れた後拗ね返して、顔を真っ赤にしながら「好きなのはお前なのに…」と呟くのだ。
その時の事を思い出すと、頬が自然とにやけてくる。
「―――…なに人の上でニヤニヤしてんだ、この変態」
下から低く冷え切った声が聞こえたと思った瞬間、ザックスの頬へ綺麗に右ストレートが決まり、ベッドの上から吹っ飛んだ。
「………って~…いきなり何すんだよクラウドぉ~…」
「……『いきなり』……?……『何する』だと…?」
ザックスの情け無い訴えにこめかみをひくつかせた麗人(男だが)は、寝起きという負の要素もプラスして、殺気に満ちた瞳を彼に向ける。
そんな睨みを受けつつも、どこか飄々と赤くなった頬をさするザックスに、クラウドの不機嫌ゲージはMAXに達した。
「それは俺の台詞だっこのバカ猿っっ!!帰って早々盛りやがって……っ!!久々に顔見たと思ったらコレかっ!!!サル扱いしたらサルに失礼なくらいだこの馬鹿っっ!!!」
「盛……っ!?ぅうぅ嘘だっ!誤解だっ!!ちょっと寝顔拝んでから寝ようと……」
「そんなの上に乗っかる必要ないだろっ!!?」
「だって可愛かったんだから仕方ないだろっっ!!?」
「かわっ……っ!!!?」
食って掛かるクラウドに、至極真面目に切り返すザックス。
あまりにも直球で返され、クラウドは一気に頬を上気させた。
そんなクラウドが可愛くて、ザックスは誰もが赤面するような笑顔を向けると、ここぞとばかりに畳み掛ける。
「いやぁ可愛かったなぁ、クラウド。笑って俺の名前呼んだりしてさぁ~、頬擦りして来たりなっ!!」
「うぅぅうう嘘だっ!!幻覚だっ!!まやかしだっっ!!!」
「まやかしってオマエね……」
「大体、男に『可愛い』言われても嬉しくないっっ!!!」
顔を真っ赤にしながら必死に抗議するクラウドを見て、いやいやその顔じゃ説得力皆無だから、と思ったりもしたが、激昂するのは目に見えているので飲み込む。
ザックスのツッコミが無いのを良い事に、クラウドは必死に怒鳴り散らした。
「人の部屋に勝手に入ってきやがって……っ!入ってきた入ってきたで言うことないのかよこの馬鹿…………っっ!!」
顔を逸らしてそんな事を怒鳴る恋人を前に、ザックスは一瞬目を瞬かせたかと思うと、次の瞬間顔を綻ばせた。
―――…………今のは、キた……―――
素直じゃないこの少年は、いつだって遠まわしな愛情表現しかしてくれないけれど。
一回ハマってしまうと、その隠れたキモチを探し出すのはとても楽しくもあり、見つけた時の嬉しさも途轍もない威力だ。
すっかりご機嫌斜めなクラウドに苦笑しつつ、ごめんごめんと詫びてその身を屈める。
「ただいま……クラウド」
首まで赤く染まったその肌に軽く口づけながらそう息を吹き込むと、普段なら嫌がるその仕草にも身じろぎしつつも抵抗してこない。
こりゃ相当寂しがってたな、と内心ニヤニヤしながら調子に乗って顔や耳、髪に軽い愛撫を繰り返していると、その白い腕が首に回されお返しとばかりにうんと甘い吐息で一言。
「………………お帰り……この馬鹿」
次の日の業務に、クラウド・ストライフの姿が見えなかったのは言うまでもない。
なんだか良く分からないまま、ただのバカップルにしかならなかった初FF小説……orz
いや、良いんだ。私はツンデレっ子が好きだから。(訊いてない)
この二人はザックスが強引にクラウドを同室にしている為同棲中。(といっても社寮ですが)
08/08/21 up